奨学生レポート

イギリス/オックスフォード大学

2017年10月

matriculation の様子freshers’ fair の様子

写真:左からmatriculation の様子とfreshers’ fair の様子

・10 月初旬はfreshers’ week と呼ばれ、新入生を歓迎するイベントや説明会がオックスフォード各地で開かれ年中で有数の賑わいを見せます。
・学業に関しては、セミナーと講義に参加する傍ら研究グループの実験設備の使い方や理論背景を学んでいます。

オックスフォードは中心部の人口が20 万人の街でそのうち3 万人をオックスフォード大学の生徒と関係者が占めています。そのため、学年の始まりである10月は通りが学生で溢れ活気があります。
オックスフォード大学のmatriculation(入学式)では800 年変わらず続けられているラテン語の儀式があり、そこで初めて正式な学生として認められます。
Atomic and Laser Physics DPhil コースは新入生16 人からなり、それぞれが既に研究グループへの配属を済ませています。新入生は皆毎週のセミナーと講義を受け、それ以外は研究室で研究に携わっています。私はChristopher Foot 教授のもと、冷却原子系を用いた混合量子系や非平衡量子物理の研究をするべく理論背景の勉強をしております。

2017年11月

・研究が本格的に始まり、毎日10 時間程度研究に打ち込んでいます。
・日本の研究所から私の研究室に訪問があり、研究内容の説明を行いました。
現在、一年生として研究に励んでいます。1年目のはじめの数ヶ月は主に実験装置の習熟と理論背景の理解が主となるため、オフィスにこもり勉強していることが多くなります。ヨーロッパ人は余暇を大切にするとのイメージがありましたが、私の所属する研究室は皆研究に対する非常にモチベーションが高く夜遅くまで実験することも多いです。それに触発され私も朝9 時から夜8-9 時まで勉強やプログラミングに勤しんでいます。
11 月初旬に日本の分子研究所から訪問者があり、セミナーにて講演をされました。セミナーは毎週外部の講師を招いて行っており、決して大きくない学科のために毎回外部講師の招待をできるオックスフォード大学の資金力や求心力の強さを感じました。このセミナーシリーズは博士課程1 年目の学生は出席が必須となっており(卒業要件となっています)、量子物理だけでなくプラズマ物理を含めた幅広い研究のフロンティアについて学べて非常に興味深いです。研究室に関連する方が来られる場合、今回のように研究室訪問があります。
今回は日本人の訪問者ということで、私が研究室を代表して実験設備の案内を、その後研究室のメンバーとディスカッションをしました。

2017年12月

・早くも1 学期目(Michaelmas term)が終了しました。学期の終わりとともに大学があるこの街は静かになります。
・実験装置の操作や最適化手法をほぼ学び終え、1 人で操作ができるようになったので今度は装置の改善を重ねています。

大学の学期制度は10 月に学年が始まり、10-12 月が1 学期目(Michaelmas term)、1-3 月が2 学期目(Hilary term)、4-7 月が3 学期目となります。各学期は8 週間の学期と4 週間の休暇にわけられ(博士課程では休暇の時期も研究をすすめますが、学部生や修士の学生は実家に帰るなどしています)、学期期間中は賑やかな大学があるこの街が休暇中には静かになります。
大学の学部生や修士課程の学生は休暇後に控えるテストに備えて4週間勉強に集中しており、実家に帰っても落ち着くことはできないそうです。
そのような厳しい教育を経て大学の学生は能力を磨いていくそうです。

研究室の学生やスタッフは殆どが実家に帰り、私ともう一人のアジアからの留学生が残って論文読みやプログラミングを行っています。クリスマスや年末年始で静まり返ったデパートメントで作業をするのも奇妙な経験です。
研究に関しては、以前から改良を進められてきた実験のユーザーインターフェースを活用し(この分野ではレーザーやマイクロ波、磁場等の複雑な最適化等が必要でオペレーションを覚えるのに時間がかかります)、実験装置を1人で操作することが出来るようになりました。1年生として、現在はそのユーザーインターフェースの改良の担当をしています。これにより博士課程の中で非常に多くの作業時間が節約できるはずです。上級生達はそれぞれ博士論文の執筆、投稿論文の執筆や南アフリカで開かれる学会発表の準備に勤しんでいます。

2018年1月

・1 月は気候が最も厳しく、体調に不調を来してしまいました
・実験装置の要となる電気回路設計を担当し、設計を開始しました。

この町の冬季の平均気温を日本の東京などの大都市と比べると特に寒くはなく、暖流の影響で暮らしやすいものだという印象がありますが、北極海からの風が年によっては直接流れ込んできて体感気温が非常に低くなることがあります。また、大学の施設の暖房設備も不十分なため、生活環境としてあまり良いものではないというのが現地に暮らす日本人皆が同意するこちらの状況です。

1 月に入ってから咳が止まらなくなり、休みを取るなど研究に多少の支障を来してしまいました。日本人で海外に住んだ際に咳が止まらなくなることは多いようですが、体調管理をしていれば予防できるものですので、体調管理の甘さを反省しているところです。

実験に関しては、Impedance Matching のための回路設計を開始しました。現在使用している実験装置ではラジオ波を手製のコイルからレーザー冷却した原子に当てるため、ラジオ波のアンプとコイルのインピーダンスがマッチせず、信号が弱くなってしまいます。それを広い範囲でマッチできる特殊な回路を用いることで原子にラジオ波を効率よく当てられるようになります。

2018年2月

この国の医療制度は日本と比べ大きな違いがあり、GP とよばれるかかりつけ医が医療制度との重要な繋がりとなります。何かあればGP に会いに行き、風邪以外であればGP の紹介で大きな病院に行くという流れとなっています。GP に会うのは無料で処方薬も安いのは大変助かるのですが、タダほど高いものはないというべきかGPに会うのに時間がかかる(数日待たされることもあるようです)、特に外国人に対しては診断がうまくされず症状が悪くなってから高額なprivate doctor に掛かるしかなくなるなど幾つかの問題点があります。私も今回はGP で処方された薬でなかなか治らず、結局、最寄りの都市にある日本人のprivate doctor にかかり何とか回復することが出来ました。

研究室では新たな実験が始まりました。今回の研究は非常に多くのデータを必要とするので、研究室の4 人でシフトを組み実験装置の管理をしています。深夜も誰かがPC からグラフを見ている環境を作るのは4 人では想像以上に大変です。

私の所属するAtomic and Laser Physics (ALP)学科では毎週月曜の午前にALP Seminar series という特別講義があり、ALP に所属する研究室に関連したスピーカーを招聘して研究成果の発表があります。これの講義への出席は博士課程1 年生に対して卒業要件として課せられており、毎週量子コンピュータからプラズマ物理まで幅広いジャンルの研究についての見識を広めています。数々の有名な機関から招聘できるのはこの大学ならではで、学生として非常に恵まれた環境にあると感じています。

2018年3月

3 月20-22 日にて研究集会「Quantum Probes for Complex Systems (QuProCS) workshop 3」が開催されました。これは3 年前から続くEU によるプロジェクトの最終集会で、プロジェクトの成果発表が行われます。
私の所属する研究室もこのプロジェクトに参加し資金提供を受けていたので、ポスドクと博士4年生が発表を行いました。量子技術において、量子系を正確にプローブ(測定あるいは観測)する手法は技術の精度やそもそもの応用可能範囲を規定する非常に重要な部分です。また、量子系における測定は不確定性関係(ハイゼンベルグの不確定性原理など)や射影測定に代表されるような”量子”特有の性質がありその性質について理論的関心が高いです。
新たに所属研究室と同様の手法を用いている研究室ができ、その先生とディスカッションを行いました。その中で、私達の手法で実現できそうなアイデアが見つかり、現在そのテーマについて検討をしています。ヨーロッパの研究者のコミュニティは移動の容易さもあって密接であり、このように気軽にディスカッションしたりする機会が日本よりはるかに多いことを実感しています。

2018年4月

先月の他大学の先生とのディスカッションから生まれたspatially multimode spin squeezingというアイデアについて、実験としての実現性を考えたりプランを練ったりしています。特に、研究のmotivation(この研究によって何に役立つ、あるいは何が分かるための礎になるのか)の部分について多くの論文を読んで検討しています。Motivation を含めたストーリーづくりで論文のインパクトが大きく変わり、非常に良い論文になる可能性もあるため、実験前にできるだけ時間を割いておきたいと考えています。

3 年生の学生が主導してが行っているデータ取りが終わり、実験は一時休止となりました。現在はとれたデータの統計処理やそれを論文にまとめる準備を行い、その間に実験装置のアップグレードも行うため電気回路の設計やレーザー関連装置の見直し等以前より忙しい1 ヶ月となりそうです。

写真:大学に新たにできた建物です。オープンスペースに巨大な黒板があり、理論家や実験家が立ち止まって議論することができるようになっています。残念ながら私の研究室はここには移動しませんが、友人たちが綺麗でディスカッションがしやすいオフィスに引越していて羨ましい限りです。

2018年5月

今月は必修科目である発表や6 月に参加する学会のための発表準備、Transfer of status と呼ばれる博士課程のマイルストーンのための研究計画書など、論文読みと資料作りに追われた1 ヶ月でした。発表トピックはQuantum repeater という量子通信のための技術についてでした。

我が大学の博士課程では、1 年目の終わりのTransfer というプロセスを経て正式に博士課程の学生となります(現地の学生は修士号を取得してから博士課程に来るので、1 年目が修士相当というわけでもないようです)。Transfer では残り2年(あるいは2 年半)の研究計画を教授陣の前で発表し、研究の見通しや基礎知識を評価された上で博士課程を続けるか否かの判断が下されます。大体の学生が問題なく通過するので不安はありませんが、ちょうど良い中間目標となるのでこれに向けて自分の研究を進めつつ計画を詰めていきたいと考えています。

最近、研究室のメンバーと共にVR で遊べる量子物理のシミュレーターを作成しはじめました。labster という生物や化学の実験シミュレーターのように、量子物理を身近に感じられるゲームや専門家がトレーニングや実験設備のプランニングに使えるツールとして作っていきます。

研究以外では、射撃部の主催する学内のトーナメントに参加して意外にも2 位に入賞しました。来月はバドミントンの学内トーナメントに参加します。