オランダ/デルフト工科大学
平成28年9月
写真:深夜1時のデルフト工科大学の図書館
はじめまして!大真奨学金の支援の元、オランダに来てから初めての報告書になります。私は9月からデルフト工科大学のIndustrial Design Engineering研究科の大学院に進学しています。デルフトはアムステルダムから1時間ほど電車で行ったところにある小さな街です。青の絵付けが美しい陶器の「デルフト焼き」や画家フェルメールの所縁のある街として有名で、多くの観光客を世界中から呼び寄せています。この街に来て一ヶ月が経ちましたが、教会の鐘の音と共に起き、焼きたてのパンの香りに包まれた運河沿いの通りを自転車で通う日々はとても新鮮です。
オランダへの留学なので、オランダ語が出来なくても大丈夫なのかと疑問に思われるかもしれません。大学院ではオランダ語ではなく英語で授業が行われるとはいえ、私も到着した当初は英語で意思疎通ができるか不安でした。しかし実際に暮らしてみると、英語圏の国にいると錯覚するレベルで殆どのオランダ人が英語を流暢に喋ります。スーパーのおばちゃんから、通りのホームレスの人まで完璧な英語をしゃべるため、日常生活でオランダ語を聞くことは殆どありません。オランダ人の友人に何故どの人も英語を流暢に喋れるのか尋ねたところ、オランダは歴史的に貿易を盛んに行ってきた海洋国家であるため、英語を話せることが当たり前になっており、今では国民の90%が英語をネイティブに近いレベルで話せるとのことでした。私が頑張って少しでもオランダ語を使おうとすると、気を遣ってすぐに英語へと切り替えてしまうため、未だにオランダ語でまともな会話すらできない状態です。
殆ど英語を使って暮らす日々ですが、そんな中でも学んだ、とてもオランダらしい言葉を今回は紹介したいと思います。オランダでは天気のいい日は、どこからともなく人々が運河沿いに集まって、ビールを片手に水辺で語り合う光景があります。彼らはこうした日常の豊かな交わりやコミュニケーションを英語では訳し尽くせない「Gezelligheid(ヘゼリッヒハイト)」という言葉で表すそうです。共に楽しみ生きる、共に飲み食いをすると言った意味で、オランダ人の人生観や幸福感をよく表している言葉だと思います。僕も9月の前半は新しく出来た友人達とGezelligheidをしていたのですが、9月後半に入り、授業や研究プロジェクトが本格的に始まった今ではスタジオと図書館に缶詰の日々です。この原稿も深夜1時の図書館で書いていますが、周りには同じくレポートや実験に追われた学生達がいて、あたりは妙な一体感に包まれています。冬も本格的に始まってきましたが、日々、貴重な体験をしていることをしっかり心に留めて、今後も学習を続けていきたいと思います。
平成28年10月
写真:Ambulance Drone
こんにちは。10月のオランダはだんだんと寒くなり、冬の兆しが見えてきました。9月は日照時間が長く、夜の21時でも明るかったのですが、近頃では日がどんどん短くなっています。17時にはもう辺りが暗闇に包まれ、朝8時に起きてもまだ真っ暗な状態です。あまり太陽を見ないので、安定した日照時間に恵まれていた東京が恋しくなっています。欧州の冬は独特で、東南アジアなどの暖かい南の国から来た友人たちは、軒並み体調を崩して寝込んでいます。私もそうならないよう最近は自炊に力を入れ、野菜をたくさん食べれる新メニューを試しては失敗する日々です。最近つくったアボカドつけ麺がなかなか美味しかったので、いつかはクックパッドにでも載せたいと思っています。
9月のイントロダクションウィークを終え、本格的に授業が始まってきました。入学のお祭りムードに包まれていたキャンパスも、今では心地良い緊張感が張りつめています。フィールドリサーチと論文執筆、そしてスタジオに籠っての制作の毎日ですが、毎日が発見の連続です。自分がずっと学びたかった北欧のデザインが学べ、最新のデザインリサーチが行われてる現場にどっぷり浸かれており、幸せな日々です。
私が所属するIndustrial Design Engineering科は、工学とデザインを駆使して実社会の課題を解決するプロダクトを開発する機関として世界で一番歴史があることで有名です。世の中のエネルギー問題などの解決策となりうる革命的なプロダクトが日々開発されており、卒業した学生の約10%が修士の期間に開発したプロダクトで起業しています。修士研究のプレゼンテーションを見ていた中で、特に面白かったプロジェクトはAmbulance Droneというプロジェクトです。Ambulance Droneは救急車の通報があった瞬間に、AEDが搭載されたドローンが救助の必要なポイントへ飛んで行く新しい救助システムです。救急車の到達より早くAEDを必要な人に届けることで、心臓マヒで亡くなる人を減らすことを目指しているそうです。修士の学生が作ったプロジェクトであること、そして実際にオランダ政府と協力して社会に実装されようとしていることに感銘を受けました。修士のプロジェクトを決めるのはまだ先ですが、このプロジェクトのように社会に大きなインパクトを与えるものにしていきたいです。
平成28年11月
写真 : IDFAのVRブース
制作や論文と格闘してる内に11月はあっという間に過ぎ去ってしまいました。先週までロンドンやパリにフィールドリサーチで飛び回っていましたが、欧州はクリスマスに近づくにつれイルミネーションが増え、気温が氷点下になることが当たり前になりつつあります。昆布ダシを売っているアジアショップを見かけたので、最近はありあわせの食材で鍋をすることで寒さをやり過ごしています
制作と研究だけの日々にならぬよう、忙しい大学院のスケジュールの合間を縫って、なるべく多くのイベントに行っています。先週はアムステルダムで開催されていたInternational Documentary Film Festival Amsterdam (以降 : IDFA)という世界最大のドキュメンタリーフィルムの映画祭に行ってきました。映画祭というとスクリーンで映像を鑑賞するイベントをイメージをしがちです。しかし、意外なことに今年のIDFAではスクリーンで上映される作品は少なく、多くの上映作品がVRで鑑賞できるようになっていました。VRヘッドセットを被った人々がブースの中で並ぶ光景は異様で、映像メディアの未来を示唆しているようでした。
紹介されてるVRドキュメンタリーはどれも高性能な360度カメラで撮影され、鑑賞者がまるで撮影場に居合わせてるかのように感じることができるようになっていました。数々の上映作品の中でも特に大きく心を動かされたのが、”Notes on Blindness”というVRドキュメンタリーです。この作品はJohn Hullという視覚を無くしてしまった人のナレーションをもとに、聴覚のみに頼った世界がどのように「見える」のかを綺麗にVRのビジュアルに落とし込んでいます。小雨の音で周りの世界が一気に輪舞を持つように「見える」描写が本当に綺麗で、”The rain is the most beautiful thing in the world. ”という視覚障害を持った人特有の感覚を追体験できます。この他にも、リビアからイギリスまで船やトラックで命からがら移動した難民の追体験ができるドキュメンタリーなどがありました。
日本だとVR周りのコンテンツはまだ技術デモに止まりがちです。誰かの経験や感情を追体験できるメディアとしてVRでの作品制作が欧州では非常に高いレベルで行われており、IDFAはその一端に触れることができた貴重な体験でした。
Notes on blindness : http://www.notesonblindness.co.uk/vr/
平成28年12月
写真:Design Museumでの展示
日本で友人達とやっていた”phonvert”というプロジェクトが、ロンドンのデザインミュージアムのDesigns of the Year 2016に2月まで展示されています。Designs of the Yearでは毎年、社会に大きなインパクトがあったデザインが世界中から選出されており、私たちのプロジェクトも幸運なことにノミネートされました。
phonvertは「phone(電話)」と「convert(転換する)」を掛け合わせた、私たちの作った造語です。画面が割れたりした時に買い替えがちなスマートフォンですが、型が古くなったスマートフォンでも、複数のセンサーやカメラが搭載されており、IoT機器など様々な目的に再利用することができます。また、世界中には完全に壊れていないのにも関わらず、引き出しの奥で眠っているスマートフォンが2億台以上あると言われています。
このプロジェクトではphonvertという造語を「MOTTAINAI」のごとく、新しい言葉として世界に発信し、世界中に余っている使い古しのスマホの再利用を促すことを目指しています。アメリカのSXSWという巨大なテックイベントでの発表を通して世界中に広まり、TechCrunchやNHKなどで取り組みが紹介されたりしました。
今ではアイディアや開発情報を交換するコミュニティを作ったり、大学と協力してワークショップなどを開催しています。最近はプロジェクトの一環として、インドの農村で中古スマホを監視カメラとして再利用する研究をインドの研究者と共に始めています。治安や経済上の理由で監視カメラのインフラが構築できない地域に、安価でネットワークに常時接続した監視カメラインフラを導入することは治安向上に繋がるのではないかと考えています。2017は欧州だけでなく、インドにも足を延ばす1年になるため、非常に忙しくなりそうです。
平成29年1月
写真:スタジオでのプレゼンの様子
1月は学期末だということもあり、まともに寝れない夜ばかりでした…先日、無事にすべての成果発表が終わり、今期やったことをふり返りながらこの文章を書いています。慌ただしい半年でしたが、ようやく英語で日本語と同じような速度でプレゼンやレポートを作る基礎力が整ってきました。
今期のセメスターはデザインにおけるリサーチを学ぶためのコースが多かったです。日本でデザインと言うと、色や形といった見た目上の設計の側面が注目されがちです。しかし、もともとデザインという言葉には「設計」だけではなく、「計画」の側面があります。特に私が所属する学科でのデザインとは、とある問題の本質を掘り下げ、解決に向けた計画を行い、計画に基づいた設計で見た目を作り上げ、問題を解決に導く一連の作業のことであると教えられます。
今学期に重点的に学んだデザインにおけるリサーチは、デザインの中での計画の部分に重点を起きます。デザインにおけるリサーチでは、インタビューやフィールドリサーチを通して、誰にとって何がなぜ問題で、何をいま作るべきなのか?をインタビューやフィールドワークを通して探っていきます。今期はそのための方法として、Contextual InquiryやContext Mappingといった特殊なインタビュー手法などを実践を通して学びました。
日本にいる時は欧州のデザインスクールが出版した本を通してデザインにおけるリサーチについて知っていたつもりだったことが多かったのですが、いざ実際にやってみると自分が思っていた通りにいかないことが多く、非常に学びが多かった半年でした。
平成29年2月
真:K2のワークショップの様子
怒涛の1月を乗り越えて冬休みになったので、2月はK2というプロジェクトに参加するために半年ぶりに日本に帰国していました。K2はアジア発のデザインラボで、九州大学と韓国のKAISTの連携により今年から始まっています。今回の取り組みでは世界中のデザインスクールの学生と日本の企業が九州大学に集い、産学で協働しながら2030の福岡のビジョンを1週間をかけて作りました。総合ディレクターはHelsinki Design Labなど先駆的な都市イノベーションを数多く手がけてきたブライアン・ボイヤー氏でした。ワークショップの参加者は日本人より外国から来た学生の方が多く、すべてが英語で行われる国際色豊かなワークショップでした。
ワークショップでは人工知能や自動運転などのテクノロジーがどのようにこの先の社会を変えていくのかを考えるために、介護施設などにフィールド調査を行ったりしました。一般的な短期ワークショップではフィールドワークをすることはあまりないのですが、K2では実際のフィールドにいく機会があり、多くのインサイトを得ることができました。ワークショップの後半では、フィールドリサーチから得られた知見をもとに、様々なアイディアを実際に試作しました。私たちのチームでは、地域の高齢者が子どもの保育を担うAirgngという架空のWebサービスの提案や、都市インフラにAIが搭載された新たな日常について、動画やプロトタイプを通して発表しました。
今回のワークショップを通して、世界中でデザインを専攻する大学院生と高レベルの議論ができる貴重な経験を持つことができました。ワークショップが夕方に終わると、有志の参加者で博多の屋台に向かい、ラーメンを啜りながらヨーロッパとアメリカでのデザインの捉え方の違いなどについて熱い議論をしていました。
久しぶりに日本に帰ったのですが、ほとんど英語でしゃべっていたので、まるで別の国に帰ったかのような感覚でした。半年をオランダで過ごしたことで、英語で考えて、英語で話し、そして英語でアウトプットを作ることに抵抗感がなくなってることに気づき、確かな成長を感じています。
平成29年3月
写真:ジョブフェアの様子
寒くて気が滅入りがちだった冬がようやく終わり、春の兆しが見えてきました。コートなしでも外を歩ける気温になってきて、キャンパスの芝生で寝転びながら勉強する人たちも見かけるようになりました。意外なことに桜の木がキャンパスに沢山あり、風に舞う桜の花びらが日本の春を連想させます。
個人プロジェクトしかなかった前期のコースとは大きく変わり、後期はグループでやる実践系のプロジェクトが一気に増えました。慣れないグループワークでメンバーとの衝突を繰り返す日々ですが、そんな中で仕事に対する意識がオランダと日本で決定的に違うことに気付かされました。私のグループはオランダ人とドイツ人と日本人で構成されたグループですが、私以外の欧州出身の学生は、とにかく自分が仕事をする時間に厳しく、予め決められた時間外での作業を徹底的に嫌がります。
私が日本で学んでいた大学では土日に作業をしたり、泊まり込んで研究をするのが当たり前でした。そのため、どれだけ締め切りが近かろうが、作業が終わってなかろうが、大学が終了する17時になると率先して帰宅するチームメイトに苛立ち、衝突することもありました。しかし共に作業していく中で、彼らのワークライフバランスを重視する価値観が理解できるようになりました。決められた時間内で最大限の結果を出せるように努力する姿勢からは学ぶことが本当に多いです。
後から知ったことですが、オランダでは残業が法律で禁止されています。労働時間は最大で朝9時から夕方5時までの8時間と定められており、5時以降にチームで作業をしようとする私にチームメンバーが怒るのも当然だったのかもしれません…。さらにはオランダには日本にはないワークシェアリングという制度があります。ワークシェアリングは1人当たりの労働時間を短縮することで、社会全体の雇用者数の増大を図る考え方です。オランダでは非正社員(パート等)と正社員との間に賃金の格差はありません。労働者には労働時間を選ぶ自由があり、パートタイムは「短時間で働く正規雇用労働者」と法的に位置付けられています。この制度によって、共働きの夫婦が子育てをしやすくなっており、週3で夫が働き、週2で妻が働くといった生き方が可能になっています。
仕事関連でいうと、オランダでの就活の様子を垣間見る機会もありました。企業のブースがキャンパスの中に立ち並び、学生がリクルーターと立ち話をして、気があった人はインターンや仕事がその場で決まるといったカジュアルな場でした。過労死などが問題になる日本とは大幅に違う、オランダなりのワークライフバランスのあり方を実感した1ヶ月でした。
平成29年4月
写真 : UIの再設計の方向性をチームで相談する様子
4月も気付いたらあっという間に終わってしまいました。4月といえば、日本では新学期が始まる季節ですが、こちらだとタームの中間に当たります。様々なプロジェクトの中間発表で学生が忙しくなる時期です。私も忙しく、自炊や掃除などの家事がおざなりになりつつあります。
今月、私は主にUXAD(Usability and Experience Evaluation and Redesign)というコースで忙しくしております。UXADとは、共同研究先の企業のプロダクトの改善点を調べ、改良を施したデザインをするコースです。プロダクトのUI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)を改良するために必要となるアフォーダンス理論などを実践を通して学ぶことができます。
私たちのチームが担当していたのはMieleというドイツの高級家電メーカーのIHクッキングヒーターでした。当初は既にあるものを改良するコースが好きではなかったのですが、いざ本格的にユーザビリティ調査を始めると、UI/UX分野の奥の深さに気付いて熱中している自分に驚いています。一般から募集した八人のユーザーがMiele社のIHクッキングヒーターで調理する様子を観察し、インタビューをすることを通して、形や色が認知に及ぼす影響の大きさに気付き、いかに自分が日頃からユーザビリティを考慮してデザインをしていなかったことを痛感しています。
このコースの狙いの1つとして、デザインファーム型の働き方を実践を通して学ぶというのがあります。日本ではまだ珍しいデザインファームの文化ですが、あらゆるデザインのプロセスにおけるコンサルタントのような業務を行う存在です。主な業務として、クライアントのプロダクトの改良点を指摘したり、新しいプロダクトの方向性などを提案します。実際のクライアントと再設計の方向性を相談するミーティングなどの経験からは学ぶことが多いです。
平成29年5月
写真:ベルリンのマイクロソフトインキュベーター
5月になり、気づけば半袖で大学に通う季節になりました。太陽が22時頃に沈むため、体内時計がおかしくなりそうです。同じ寮に住むムスリムの友人は日が昇っている間はラマダンのため食事ができず、私が大学の図書館から帰宅する22時頃に豪勢な食事を一気にかきこんで寝ています。寒さと雨と暗さで落ち込んでいた冬に比べてかなり元気になっています。
5月は大学での取り組みの一環で、同期数名とベルリンに1週間ほど行く機会がありました。ベルリンでは大学の卒業生が立ち上げたスタートアップやMicrosoftのインキュベーターを訪問し、それぞれの訪問先でワークショップなどを行いました。聞いたところによると、ベルリンは年に500以上のスタートアップが生まれ、その成長指数は世界一の都市だそうです。シリコンバレーとはまた違ったテック主導ではない性質の珍しいスタートアップも多く、見応えがありました。
テクノロジー・デザイン系のスタートアップを数社訪問しましたが、どこもドイツ外から来た人の方が多く、すべての仕事が英語で行われる国際色豊かな環境でした。アムステルダムやベルリンのスタートアップシーンを支えているのは、欧州の人材流動性に支えられた多様性だと思います。同じ考えをする人が30人集まるよりも、異なる考えを持つ人が10人集まった方が、同質性による停滞を防ぎ、より創造的なアイディアが醸成される可能性が高くなると感じています。
何よりも嬉しかったのが、外食の美味しさです。多国籍の人が暮らすため、ベルリンでは様々な国の料理が非常に安く食べることができます。日本食のお店も多くあり、非常に美味しい海鮮丼などを安く食べることができました。オランダでは外食も高く、あまり美味しくないので大きな違いです。卒業後にベルリンで働くことも検討した1ヶ月でした。
平成29年度6月
写真:所属する研究室のポットラック形式のブランチミーティングにカ国分の朝食が並ぶ
今日のプレゼンテーションでちょうど今学期のすべてのコースが終了しました。締め切りに追われる怒涛の数日間を終えて、この期間にあった様々なことを振り返りながら書いています。今期は特にグループで行うプロジェクトが多かったため、異文化間のすれ違いによる摩擦がよく発生しました。学科の半分がオランダ人ではない国際留学生で構成されているため、グループプロジェクトは必ず多国籍なメンバーによって構成されます。院生同士、お互いの国や学部で学んだやり方や価値観に対するこだわりが強く、時には意見の対立から怒鳴りあいなどに発展することも珍しくありません。
異文化間での衝突を回避するために重要なことは、相手が存在する「文脈」を対話とデータを通して理解することだと思います。自分がデザインを行う対象の文脈(context)を理解せよ、とデルフトでは口すっぱく様々な教授に言われます。エリエル・サーリネンというフィンランドの建築家の言葉として、以下の言葉がよく授業で引用されます。「自分がデザインする時に、その対象の一つ上にある大きな文脈を常に意識しなさい ー 椅子なら部屋、部屋なら家、家なら環境、環境なら都市計画」一個上のレイヤーにある文脈を常に意識するという行為は、異文化間で円滑にお互いの最大の能力を発揮するために必須な考え方だと思います。親戚が訪れているから…とプレゼンテーションの日に来ない、という一見受け入れがたい理由も、例えばインドの婚姻制度を知っているか知っていないかで、受け止め方が変わります。
また、データに基づいて相手の文脈を定量的に把握するのも日本にはない考え方でした。大学の初めにホフステッド指数に基づいた多文化理解の考え方を学びました。オランダの社会科学者ヘールト・ホフステッドは多国籍企業の運営を円滑に行うために、IBMの世界40カ国11万人の従業員に調査を行い、国民性を定量的に数値化しました。この指数は[ 1.上下関係の強さ 2.個人主義傾向の強さ 3.不確実性の回避 4.男性優位性 5.長期主義的傾向の強さ 6.快楽的か禁欲的か ] の6つの指数に分かれます。例えば、日本では男性優位性が95と世界で位とダントツに高く、同時に個人主義を示すスコアは46と低めになっています。オランダとのスコアを比較すると対象的で、真逆な国民性がいくつかあるのがわかります。もちろんこの指数は集団の傾向を示しているだけで、個人個人には当てはまらない事の方が多いのですが、この指数を頭の片隅に入れておくと、不用意な摩擦は回避できるなと実感しています。
平成29年度7月
写真:スヌーピーのイラストに犬の毛皮を生やす深層学習の使い方
学期が終わったので7月はオランダから出て、デンマークのコペンハーゲンに滞在していました。コペンハーゲンはアムステルダムは非常に良く似ている都市です。車よりも自転車の通行が多く、街並みも非常に似通っていて、アムステルダムにいる錯覚を何度も覚えました。しかし、物価が私が過去に行ったどの国よりも高く、サンドイッチを1つ買うのに日本円で約2000円払わなければいけませんでした。ただ、現地の学生と話してる時に彼らが大学生であるだけで、国から約11万円の「給料」を毎月もらっているという驚愕の事実を聞きました。国民にきちんと還元されるのなら高い税率も悪くはないのかもしれません…
コペンハーゲンの滞在中はCopenhagen Institute of Interaction Design(CIID)が開催しているサマープログラムに参加していました。CIIDはインタラクションデザインに特化した研究機関です。世界中からトップクラスの人材が集まり、実際の企業とのR&Dを行ったり、教育プログラムを実施しています。今回わたしは人工知能に使われる各種アルゴリズムをインタラクションデザインに応用する方法を探求するワークショップに1週間参加していました。
ワークショップでは、人工知能とディープラーニングの分野で最先端の実践を行うニューヨーク大学のジーン・コーガン氏が最新の論文の紹介していました。また、実際にその技術をリモートのサーバー上でコードを書きながら動かす方法も教わりました。最先端の事例は自分の今までの常識が綺麗に覆るようなものばかりでした。例えば、既存のカバンのデザインを大量に学習することで新たなカバンの意匠を生成するアルゴリズムなどが紹介されましたが、この事例を見てこの先の未来にデザイナーという職業がどのような形で存在しているのか分からなくなりました…
ワークショップの終了後には、全員がそれぞれ深層学習を使いこなした作品を制作していました。ブルドックの画像を大量に学習して、スヌーピーのイラストに毛皮を生やすようなアルゴリズムや、世界中の国歌を元に新たな国歌を生成するボットなど、ユニークな作品が大量にできていました。短い間のワークショップでしたが、これから社会を変えていく人工知能がどういうアルゴリズムで動いているのかを知れた貴重な機会でした。
平成29年度8月
写真:Waag Societyの外観
1年はあっという間でした。不安ながら成田を出発して、アムステルダムに降り立ったのが昨日のことのようです。大真奨学金のレポートを書くのもこれで最後になってしまいました。肌寒くなり始めたデルフトでオランダに来てからの事をしんみりと振り返っています。振り返ってみると、日本を出るときに留学を通して得たいと設定していた目標へ、いつの間にか到達していました。1年を通してようやくイギリス人の教授と専門分野の議論を英語でしても物怖じなくなっていたり、日本にいた頃に憧れていた研究室の中で様々なプロジェクトに関われる立場になっていました。世界中から人が集まる大学院でもあったので、ムンバイからレイキャビクまで、気の置けない友達ができて自分の世界が広がったように感じます。
今期からはアムステルダムにあるWaag Societyという研究機関にて、自分のプロジェクトをリードする立場でインターンをしています。Waag Societyは最先端のテクノロジーを社会に接続するソーシャルイノベーションの為の研究機関です。Waag Society内には様々なラボがあり、政府と共に未来の介護を研究するラボや、バクテリアなどを使った新たなデザインの可能性を探るバイオラボがあり、多種多様なバックグラウンドを持った人たちが様々な研究をしています。(waag societyの日本語での紹介記事 : http://www.worksight.jp/issues/678.html)
Waag Societyが公益団体として正式に始まったのは1994年ですが、拠点とする建物は1488年に建築され、数世紀もの間オランダの様々な職人が集まるギルドとして機能してきました。今では内部に最先端の3Dプリンターや脳波を測定する装置があるものの、16世紀のレンガ職人たちが研究開発した煉瓦の壁もそのままの形で残っており、その場にいるだけで歴史の重みを感じます。江戸時代に日本に伝わった蘭学も、このギルドホールで解剖学をしていた人々が関わっていたと思うと感慨深いです。
報告会でも話させていただきましたが、これらのことすべては大真奨学金の援助がなければ実現は難しかったと思います。毎月の生活費の援助があることは非常に大きな助けになりましたし、自分のプロジェクトを行う際の強い後ろ盾になりました。改めて、奨学生に選んでいただいたことに感謝したいと思います。 かつて自分が憧れていた場所の一員として働ける機会を頂いたことに感謝しつつ、これからの1年も更に頑張っていきたいと思います。